Heaven's Kitchen *Bonnie Pink

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きのうの夢。北極星まで、を聴いて。

At2

北極星まで。

を聴きながら。

きのうの夢は超長い物語でした。

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とってもびっくりしました。

一晩でこんなに長い完全にフィクションなのにちょっと現実的すぎる不思議な夢を見るとは。

しかも、夢、っていったらもうそれこそ夢見の悪い自分なんで、
良い夢なんてしばらく見ていませぬ。

スッキリとした良い夢、
というよりも、
現実か夢なのか、
そこらへんの境目を歩くような夢でしたが、
なにかしらのメッセージ
(超空間、とかテレパシーとかそいうのじゃなくてね、)
を感じるようななんだか飛んでる感じで。

見事でしたよー。

だいじなひと、たぶんみんなでてきたのではないかな。

会いたいひとはみんなでてきたよ。

だからなんだか前向きな夢では決して無かったけど、
逆に現実に近く、
だけど夢特有の浮遊感を持っていて、
夢らしい夢で、
でも嫌な夢ではなく、
なんだー夢か~、
と思ったけれど少し続きが気になるような、
だけど続きはもう見られないんだろうなぁ、
というような、そんな夢でした。

ああもうすこし、みていたらどんな風になっていたんだろう、だけど、
あの沢山観た嫌な夢のように思い出せるわけでもなく、
もう少しずつ消えていって、もう今書きながら断片化されてゆき、
思いだすにはもう北極星までを聴きながらじゃないとたどれないような、
そんな夢でありました。

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あなたならどうする


娘と熱唱。その弐。
…5歳です。

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四つのお願い


娘と熱唱その壱。

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恋人よ我に帰れ

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恋のバカンス

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人形の家

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キャンディーズ 内気なあいつ


私の父が何故田中良子のファンなのがわかりました。
可愛い!

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あなたに夢中 キャンディーズ 1973


かっかわいい~…。。。

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ジャングルと化す我が家。あほまるだし。

観葉植物にハマっている。

我が家はどんどんジャングルと化してゆくのでした。

今うちにいるこは、多分10人以上。

唯一の仕事がはかどらねぇ。

違うものなら描けるのに?

ちょっと楽しい気持からまっさかさまに落ちたりする。

片付けの途中で力が抜ける。

まさしくアンパンマンの顔が濡れたときみたいに。

こいつらをちゃんと育てられるだろうか、、、、
と思いながら、霧吹きで水をあげる。

自分の手が濡れるとちょっと嬉しい。

私は夏の湿度がとても好きで、だからこの子たちとは相性がいいのかも知れない、と思う。

みんなぐんぐん伸びてる。デカイのから小さいものまで、伸びろ伸びろーと思う。

みんなみんなたいへんだ。

そういえば病院決まった。初のカウンセリングも受けた。今後の展開の予想は出来ない。

先日何処かへ行ってみたいと思った。珍しいことだった。

夏が好きな自分が帰ってきた、と思った。

ら、また何処かへ行ってしまった。

また戻ってくるといいけれど。

朝起きると水をあげるための緑がたくさんあって、もうここはジャングルになってしまえばいいと思う。

熱帯系ばかりなわけではないのだけれど。

あてつけで製作途中の動画をUPした。

話がとんでいる、がこうして書くのも久しぶりなのでお許しを。

そろそろ笑顔がつらいひと、もう笑わなくていい。
先日友人と話した時、ああ、あそこで笑ったらもうこの世にはいないよね、
最早あの場所で笑顔のUPを出来たら、もうそれは間に合わない。

どんな気持ちでやっているのか、と昨晩"恋人"に聞かれたが、
それが自分でわかれば生きていけるのです。

もしくは死ねるのですよ。

誰かが死ぬのは
誰かに殺されない限り誰のせいでもないし、

多分自然に生じる幻覚や夢によって殺されてしまう事もあるのかもしれないし、

例えば
誰かが誰かを殺してしまうような過去の事実があったとしても、

自殺した場合は理由が過去の記憶だとしてもきっとその事実が過去のものでそれこそ風化されてしまうほどの過去の出来事であり、本人にとってももう曖昧なほどの過去なのであれば、自殺してしまったとしても、その事実は曖昧なもので、ただの自殺の引き金のひとつとなっただけとなるのだと思う。

何かをきっかけに
その記憶が鮮明に思い出されたとしても、
過去は過去であり、
関連性がないことがたとえその人の心の中で深く根付いた事実や記憶に関連していたとしても、それは死んでしまったら誰にもわからないし、

誰かに助けられたとして、
様々な形で誰かに一命をとりとめられたとしても、

それはその人にとっては助けになっているとは限らないし、

そしてその後、
何がその人を死なせようとしたのかは、
その後その人が生きて生きて生き続けたとしても、
きっと誰にも話すようなことはないだろうと思う。

遺書を残すひとはそこになにを書くのだろうと思う。

身内や恋人、友人に対する感謝の言葉、謝罪の言葉。
もしくは誰かを恨んでいるとしたら自分を死に追いやった人の名前、流れの説明?

死んでしまうのなら私は遺書などいらないと思う。

それぞれ考えればいい。各自で。

遺書など残しても、それぞれ勝手に想像するだけだ。

もしかしたら。。。とか、

ああ、

このときこう言ったことが。。。

とか考えたとしても、誰が本当のことを言い当てるのかは誰にもわからないんだ。

ああ死んだ、あの人死んだらしいよ、自殺だって、

そういうことしか結果的には言われない、ってこと。

心の中で大切な人を失くした、

と悔み続ける人もいるかもしれない。

でも生き地獄よりはマシだったんだと、
自殺して死んでいった人には思って欲しいと思う。

死のうとして助けてもらって、本当に心から感謝しているひとはいるのだろうか。

先日の犬の散歩中の人は、彼女を助けようと思ったのですか?

それとも落ちたら連絡しなきゃ、と思ったのですか?

あそこで彼女を見かけなければ、彼女はあの時死ねたのに?

知人の一人が死んで、ずいぶんたつけど、理由なんてわからないし、
本人以外の説明を受けても曖昧なものでしかないのだろうと思う。

たとえ本人が生きていたとして、私に話すことがあったとしてもそれは曖昧な言葉になるだけだろうと思う。

たとえ私が死のうとして、誰かが助けてくれたとしても、
自白剤のような、そんな薬があったら言うかもしれないけれど。

その後、なにかそういう薬をくれなくちゃ、きっとなにも言わないだろう。

死にたい理由なんて、ありすぎるぐらいあるのだ。

誰にでも。

誰にでも少なからず一つ以上存在していることを、望みたい、とおもう。

Bb

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«死ぬまでにしたい10のこと。あれ?100だっけ?100もしたいことないよな。きょうのできごと。